「元朝の志」。拉致から44年。横田めぐみさんの小学6年生の書き初め。

ニュースな言葉

 2021年11月15日、横田めぐみさんが、北朝鮮に拉致されてから、
44年ということで、お母さんの早紀江さんが、インタビューに
答えていらっしゃいました。
 横田早紀江さんの後ろには、横田めぐみさんが小学6年生の時に書いたという
書き初め「元朝の志」が掲げられていました。小学校の冬休みの宿題。
納得のいくまで何度も練習して、書き上げたものだそう。
それを伝える新聞記事の中には、「元朝」の「元」の字に穴が
開いているところに、時の流れの長さを感じると記されていました。
 
 このインタビュー、各種記事を見聞きして、自分も小学生の冬休みに、
全く同じ言葉を書き初めで書いたことを思い出しました。
 というのは、この「元朝」という言葉がわからなかったのですが、
冬休みに入る前に、担任がクラスのみんなに説明してくれたからです。
 「元朝」とは元旦のこと。元旦は元日の朝、つまり1月1日の朝
と説明されたのです。その頃、元日、元旦の区別もついていなかったのですけれど、
元旦は、そもそも元日1月1日の朝を指すと知った訳です。

そして、元旦の「旦」との漢字についても説明をしてくれました。
「太陽」を表す「日」と「天地の分かれるところ、もののはじめ」を表す
「一」が合わさってできた漢字と。
つまり、「旦」は「太陽が地上に現れる」=「日の出」を意味すると。
なるほど「旦」は太陽が地平線(水平線)の上に出ているようなデザインですよね。

以来、自分は元旦は元日の朝を意味するとして使ってきたのですが、
大学生の時に、同じクラスの友人が、「元旦の朝」と表現しました。
自分は、上に記したように、それはおかしいのではと指摘されたら、
その友人は、「おかしくない」と。
その頃は、まだ電子辞書が一般的ではなかったので、大学の図書館に。

そしたら驚いたことに辞典の中には、元旦を元日と同様に、朝だけでなく、
1月1日の意味で使うと載せているものがあったんですね。

例えば、岩波国語辞典では、《元日の朝。転じて俗に、元日。》。
他に「大辞林」では「元日の朝。元朝。また、一月一日。元日。」と。

もちろん「元日」=元旦は間違いと書いている辞書も。
「明鏡国語辞典」では、さらに年賀状で間違いやすい「一月元旦」も含め、
《「一月元旦」「元旦の朝」は厳密な意味では重言。》として、
《改まった場では、それぞれ「○○年元旦」「○○年元日」
「○○年一月一日」「元日の朝」などとしたい。》
さらに《矛盾表現となる「元旦の昼」「元旦の夜」なども避けたい》と。

自分は、元旦=元日という意味では使わないけれど、
それを使う人も一概に過ちでないということに気付いたのです。

横田めぐみさんと同様に小学校の冬休みの宿題として書いた「元朝の志」。
始業式の時に、無事、提出したのですが、その際に、担任から、
「あなたの今年の『元朝の志』は何」と尋ねられたのですね。

「新年の誓い」「新年の抱負」「new year’s resolution」ってことですが、
単に宿題だから書いた自分は、全く志、目標を考えず、
建てていなかったので、すぐに答えることができず、
しばらく黙って、その後、なにか適当なことを言ったことを
悔しい思い出として覚えています。

同年代の横田めぐみさんの書き初めを見て、
数十年前の小学時代、さらに大学時代のことに
思いを巡らせました。

横田めぐみさんも拉致をされなければ、
日本でご家族、友人たちと平穏に、
素敵な年月を過ごせたはず。
きっと今もお元気で生活されていることでしょうが、
一日も早く、帰国してお母さんをはじめ、
ご家族に会えることを祈るばかりです。

Amazonサーチ
ニュースな言葉
nikitokiをフォローする
亀の知恵

コメント