近所からもらったタケノコを煮る。母が筍を掘っていた「城跡」の土手。

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台所のテーブルの上に、
「筍と鶏肉」の煮物が
並んでいました。

尋ねたら、近所の方から
いただいた筍を、
母が調理したものでした。

筍は、その近所の方が
犬仲間からもらったものの
お裾分けでした。

その犬仲間の方は、
千葉に大きな竹林を持っているそう。

そこから掘り出したものを
多くの人に分けているそう。

竹林は、こうして筍を採ったりして、
手入れしないと、たちまちはびこり、
あちこちに広がって、手が付けられない状態に
なってしまうんとのこと。

人がいなくなり放置された竹林が、
周囲の畑、宅地などに広がり、
耕作できなくなったり、
建物を壊したりなど、
日本のあちこちで問題になっている
というニュースを見ますね。

まさにそうならないように、
しっかり管理をして、その成果として
筍をとっているとのことです。

母と昼食をとりながら、
そんな筍の話をしていると、
母が昔の筍堀りの体験を
披露してくれました。

以前にも何度か
聞いたことがあるのですが、
今日は、少し新情報が追加されていました。

母の実家は、岐阜市の中心。
なのでそこでの話ではなく、
母の姉が嫁いだ先の話です。

そこを母達は「城跡」と呼んでいた
らしいのですけれど、岐阜の中でも
人口が少ない郡部の高台に立つ大きな屋敷。

実際、中世・戦国時代にはお城だったんだとか。

なので「城跡」と呼んでいたのですが、
周囲の土手(土塁?)に竹林があり、
毎年春になると、
そこに筍を掘りに行っていたそう。

柔らかく白くてえぐみの少ない、
とても良い筍だったんだとか。

しかしそこは、屋敷は残っているものの
母の姉夫妻をはじめ、管理する人が
誰もいなくなり、現在、無人。

伯母さんがまだ若い頃は、毎年、
畑を作りにいったり、筍を採りに行ったり
していたのですが、年を取ったため、
いまでは放置されているのです。

何年か前、母が同窓会で帰郷した折、
その「城跡」がある町の
教育委員会にいた同級生が、
そこが町の史跡(文化財?)に
指定されていることを教えてくれたそう。

さすがにその時、
「筍はどうなっている」とは
尋ねられなかったとのこと。

今になって、母はしきりに、
「あの筍は今、どうなっているのか」
と、気にしていました。

城跡も、そして筍も大好きなので、
一度、母のかわりに、
その「城跡」を訪ねてみたいですね。

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