先日、仕事上の先輩に会いました。
聞かれたのは、
「新しいことをやっているか?」
仕事でも個人的なことでもいいのですが、
これまでにやったことがない新しいことを
始めているかという質問です。
口ごもっていると、
「自分は先日、神社に行って報告してきた」と。
そうその先輩は、自分が何かやりたいこと、
やるべきことがあると、神社にお参りするのです。
これは神頼みということですが、
自分が考えているようなものではありませんでした。
その先輩にずいぶん前に聞かれたのは、
「神社に行ってどうお参りしているか?」
自分は、「新しいプロジェクトを
成功させてください」。
そのように答えたのです。
そうしたら、先輩はその答えを否定。
「神様にはお願いするのではなく、
報告、プレゼンしにいくのだ」と。
上の例で言えば、
「私は、これから、〇〇〇〇という
新しいプロジェクトを行ないます。
それはこれこれこういう内容で、これが
実現すれば、このような良いことが世の中に
起こります。ですので、是非お力添えください」と。
先輩は、この教えを上の方から教えてもらい、
以来、それを実行しているのだそう。
神様に報告するということは、
具体的なイメージを頭の中に描くこと。
神様に説明することは、自分の中に
確固としたプラン、アイデア、具体策が
ないとできない。
神社に行ってお参りすることは、
自分の願望、思いを事前に具体化することであると。
いやー、目からうろこが落ちたものです。
そして先輩曰く、神様はそうして良きことを
なそうという人をまず手助けするのだと。
これこそまさに「天佑神助」。
「天の助けと神の助け」。
この言葉は、偶然によって助かることの
たとえとしても使われる。
が、偶然、しかも良い結果・幸運をもたらす偶然は、
たまたま訪れるものではない。
事前に準備した、心構えのある人にだけ、
訪れるのだと。
先輩によれば、乳酸菌、酵母菌を発見したり、
ワクチンによる狂犬病の予防など数々の成果を
あげたフランスの偉大な細菌学者パスツールは、
「幸運な大発見は『準備された心』にやってくる」
と述べているんだとか。
(「偶然は心構えのあるものにしか微笑まない」)
ずいぶん前に教わったものですが、
その先輩に久しぶりにあったせいか、
それが不意に蘇ってきました。
常に新しきことを始める。
偶然を受け入れるための準備を怠らない。
改めて心に刻みます。
コメント