2016年は60年に一度のお遍路、逆打ちの好機。閏年、丙申(ひのえさる)。

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お遍路は春の季語。
この時期、四国八十八ヵ所は、
お遍路さんの姿を多く見かけます。

そんな四国遍路にとって、
今年2016年は、60年に一度の
大きなチャンスの年なんだそうです。

以前、別のブログで、閏年に遍路を逆打ちすると、
御利益が倍にも3倍にもなるとの言い伝えを書きました。

そう今年2016年は閏年。
逆打ちといって、88番札所から1番札所へと
逆に回ると、御利益が順打ちに比べて増すと
されているのです。

でも閏年は4年に一度。
では60年に一度というのは?

これは、衛門三郎伝説に由来します。

「逆打ち」のお遍路の始まりは、
伊予の国、現在の愛媛県の長者であった
衛門三郎が、弘法大師に対しての
非礼を詫びるためとされています。

衛門三郎は長者でしたが、
強欲なことで知られていました。

その門前に、弘法大師が托鉢の行を、
数回、七日間、行ったのですが、
衛門三郎は、追い帰してしまったのです。

ある時、衛門三郎が、竹箒で弘法大師をたたいたところ、
大師の鉄鉢に当たり、八つに割れてしまったのです。

衛門三郎には、男の子5人と女の子3人の8人の子が
いたのですが、弘法大師の鉢を割った次の日、
長男が亡くなってしまいました。

その後、八日の間に、8人すべての子供達が、
次々と亡くなってしまったのでした。

衛門三郎は泣き暮らしていたのですが、
自分が追い払った旅の僧が、弘法大師と知り、
その非を悔い、会って罪を許してもらおうと決意し、
現在のお遍路さんの姿、すなわち死に装束で
(白衣、手っ甲、脚絆、魔除けの笠、金剛杖)、
妻と水杯を交わし、度だったのでした。

お寺を訪ね歩く毎日。
8年の歳月がたちました。
衛門三郎は、四国のお寺を20回も
回ったのですが、弘法大師には巡り会えなかったのです。

そして832年(閏年、丙申)、
「逆打ち」を始めたのでした。

けれどまもなく、現在の徳島県の
焼山寺の麓で、行き倒れてしまいます。

衛門三郎の前に、弘法大師が現れ、
その罪が無くなったこと、
けれど死が目前であることを告げ、
1つだけ願いをかなえると約束します。

衛門三郎は、伊予の国の領主・河野氏の
跡取りに生まれ変わりたいと望んだのでした。

弘法大師は、路傍の小石に、
「衛門三郎再来」と書き、
手に握らせたところ、ほどなく、
衛門三郎は息絶えたのです。

そののち、河野氏に、
男の子が誕生したのですが、
片手が開きません。

3歳の春、衛門三郎の住んでいた村の
文殊院の方角に向かい、
南無大師遍照金剛と、三度、唱えたところ、
手が開き、手の中から小さな石が出て来たのです。

その石には「衛門三郎再来」と書かれていました。

それを、安養寺に持参し納め、
これを機に安養寺は、
石手寺と名を改められたのです。

現在、遍路は年間、数十万人も訪れるんだそう。
歩いて巡る歩き遍路も増えているそう。

これまでの人生を振り返り、
これからを考えるには、
歩き遍路が適しているのかもしれません。

四国八十八ヵ所は、歩くにしろ、
バス、車で回るにしろ、人生を見つめ直す
終活の場でもありますね。

今年は無理そうだけれど、元気なうちに、
歩いて回りたいなー。

四国八十八ヶ所霊場会
http://www.88shikokuhenro.jp/index.html
ご開創1200年(2014年~2015年にかけて各種行事が。
弘仁6年・815年に四国霊場が開創した
と江戸時代の文献に記されていることから)
http://www.88shikokuhenro.jp/1200.html

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《トクダス》
うるう年に、お遍路で逆打ちすると、御利益は3倍。うるう年逆打ちツアーの広告を発見。

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