大橋巨泉さん。2016年7月12日にお亡くなりに。野坂昭如さん、永六輔さんとともにテレビ界を支えた人が去り、時代の移り変わりを感じる。

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「11PM」「クイズダービー」
「世界まるごとHOWマッチ」など、
数多くのテレビのバラエティ番組で活躍した
放送作家、司会の大橋巨泉さんが、
2016年7月12日に亡くなられていたことが、
20日、明らかになりました。

7月7日に、やはり草創期のテレビで活躍された
永六輔さんが、亡くなられたのに続く訃報です。

今年2月4日、このお二人は黒柳徹子さんの
「徹子の部屋」に登場し、
テレビがまだ生まれた頃のお話をされていました。

その時、お二人はかなりやせておられたので
心配したのですが、その心配が現実のものと
なってしまいました。
(7月20日、追悼で2月4日の放送が再放送されたそうです)

永六輔さんは、1933年(昭和8年)、
大橋巨泉さんは1934年(昭和9年)生まれ。

さらに遡れば、やはり生まれたてのテレビ業界で活躍し、
去年亡くなられた作家の野坂昭如さんは、
1930年(昭和5年)生まれ。

昭和ひとけたの男性が次々と、
あの世に旅立たれているのが、
なんとも寂しい限りです。
時代というものは、こうして移り変わって
いくのでしょうか。

大橋巨泉さんの関わった番組を数多く拝見しています。

当時は、ただ楽しく見ていただけですが、
今から振り返ってみると、それらの番組、
また巨泉さんの生き方・考え方に、
知らず知らずのうちに大きな影響を
うけていたんだなと感じます。

同時代に放送作家・司会者として
人気を誇った前田武彦さんと共演した
「巨泉×前武ゲバゲバ90分!」。

その中でハナ肇とクレイジーキャットなどが、
繰り広げるショートコントの数々。
あのシュールでナンセンスな雰囲気。

後で知ったことですが、1本の放送のため、
膨大なコント台本が用意され、
その多くがボツになっていたそう。

選りすぐられたものが放送されていたという意味で、
とても贅沢な番組だったんですね。

ハナ肇さんの「アッと驚く為五郎」、
巨泉さんの「うーしししし」は、学校ではやり、
誰ものが、使っていました。
使う度に、先生に注意されたのも懐かしい思い出です。

「11PM」では、当時テレビでは扱われなかった
ゴルフ、マージャン、競馬などを取り上げました。

親の目を盗んでこっそりと見た「11PM」で、
そうした大人の世界、趣味の世界を知った気がします。

後に政治の世界にも進出した巨泉さんは、
ご自身のテレビ番組で、日本の政治、社会にも
鋭い指摘、批判をし続けていました。

「巨泉のこんなモノいらない!?」では、
毎回1つ、世の中に「いらない」
と思われるテーマについて議論しました。

良く覚えているのは英語教育、国境。

確か最終回が「国境」だったと思いますが、
当たり前だと思っていたものが実は
なくてもいいかもしれない
と考えさせられ、衝撃を受けました。

大橋巨泉さんの理想とする世界が
どんなものなのかを伝えた番組でした。

今も続くチャリティ番組
《24時間テレビ 「愛は地球を救う」》。

1978年、初回の総合司会を勤めた
巨泉さんは、番組の最後、
こんな番組をしなくてもすむように
政治家はがんばってほしい
といった主旨のことをおっしゃいました。

この発言にも虚を突かれた思いでした。

週刊現代の連載最終回で、
現政権の批判を書かれた巨泉さんですが、
チャリティが必要な弱者がいなくなる社会、
政治はいまだ実現していないということなんでしょうね。

「こんなモノいらない」は
高い視聴率をとっていましたが、終了。

それは、以前から決めていた
55歳でのセミリタイヤを実現するためでした。

以来、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、日本を
1年でぐるぐる巡る生活を続けていらっしゃいました。

「仕事は生きていくための手段」に過ぎず、
大橋巨泉さんにとっては、
家族(奥さん)と過ごすことが
一番大切なことだったんですね。

お好きな将棋、ジャズ、ゴルフ、釣り、
さらにはセミリタイヤ後に興味を持たれた
美術鑑賞を楽しむ生活は、誰もがうらやむ理想の生活でした。

早稲田大学時代に、お母様を子宮がんで亡くされています。
健康の大切さを悟った巨泉さんは、
毎年欠かさず人間ドックを受けていたそう。

それが功を奏し2005年には、胃がんが見つけ、
手術を受けられました。

しかし、病が次々と巨泉さんを襲います。
中咽頭がんやリンパ腫、肺がんとあわせて
4度のがんを経験。
手術や放射線治療を繰り返されたようです。

奥様がコメントを発表されています。

《約11年間の闘病生活を勇敢に戦って来ました。
特に4月からの3ヶ月間は死を覚悟し、全てを受け入れ、
一言の文句も言わず、痛みも訴えずに、
じっと我慢をしてくれました。》
《最後は眠ったまま静かに旅立ちました。》

こうした境地で、生涯を終えられる人は
数少ないのではないでしょうか。

最後まで立派な人生であったと思います。

楽しさに加え、新たな価値観を教えてくれた、
多くの番組と生き方をどうもありがとうございました。

心より、ご冥福をお祈りします。

〇黒柳徹子さんは1933年8月9日生まれ。
先日、テレビ朝日で黒柳さんとテレビの歴史を
振り返る特番が放送されていましたが、
今後もますますお元気で、テレビで活躍して
頂きたいものです。

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