亀の知恵

萬年も役立つような森羅万象の知恵を紹介

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1月25日、初天神。思い出すのは落語と祖母。

   

1月25日は初天神でしたね。

菅原道真をお祀りする天満宮に、
その年初めてお参りすることです。

全国的に有名な天満宮は、
太宰府、京都北野、大阪天満、
そして東京亀戸でしょうか。

毎月25日は天神さまの縁日ですが、
これは天神さま=菅原道真公のお誕生日の6月25日、
そして亡くなられた2月25日に由来しています。
(なお901年1月25日に太宰府に左遷)

初天神と聞くと、
落語と祖母を思い出します。

落語は、有名な演目なので
ご存じの方も多いことでしょう。

やんちゃないうことを聞かない息子と
一緒に初天神の縁日に出かける父親の話。

「買ってくれ」とは言わないと約束した
子供ですが、実際に出かけると、
飴を買ってくれ、凧を買ってくれと騒ぎ、
約束を守らないという展開になります。

柳家小三治の初天神

そしてもう一つ、思い出すのが祖母です。

祖母に限らず昔の人は信心深く、
毎朝、神棚・仏壇に向かって手をあわせ、
近くの神社にもよくお参りに行っていました。

祖母は20歳過ぎから神戸・大阪で
暮らしたのですが、
生まれ故郷は、愛媛県西条市。

実家のすぐ近くにあったのが、
網敷天満神社・宇賀神社です。

菅原道真公は、讒言により、
太宰府に流されます。

船で下るのですが、太宰府につくまで、
瀬戸内海沿岸のいろいろな場所に
立ち寄られています。

そのゆかりの場所に
建立されているのが、
綱敷天満神社です。

主なところが、神戸市東灘区の綱敷天満神社、
同じく神戸市の須磨区の綱敷天満宮。
愛媛県今治市桜井の綱敷天満神社。
福岡市博多区の綱敷天満宮、
福岡県築上郡築上町の綱敷天満宮です。

祖母の実家のすぐ近くにあったのは、
《今どき西条市》
《網敷天満神社・宇賀神社》
http://saijo-imadoki.heteml.jp/archives/4143

道真公は西条市《壬生川の天神ノ木に上陸した。
新川の畔にあった小社から、寛文3年(1663年)
神官矢野義重らによって、この地に移築造営された》
と伝えられています。

祖母が、その両親や祖父母などから
教わった由来は、次のようなものです。

太宰府に向けて船で下っていた
道真公の船が、壬生川の沖を進んで
いたときに嵐にあい、難破してしまいます。

陸にたどり着き、地元の漁師に助けられました。

その際、道真公が敷かれるために
漁師が差し出したのが丸めた漁網で、
それが神社の名前の由来と。

実は後になって知ったのですが、
この由来は、祖母の古里から少し離れた
隣の今治市桜井の
綱敷天満神社の由緒と一致しています。
(ほかの綱敷天満神社とも同一)

道真公が難破し、助けられたのが今治・志島ヶ原。
この地名は、道真公が海に放り出された時に、
「早く島に上がりたい」と強く願ったことに由来しているとか。

なお西条市にも、
《菅原道真公上陸の地》があります。
http://saijo-imadoki.heteml.jp/archives/3214

こうして祖母は小さい時から、
毎日のように神社を訪れ、
天神さま、宇賀神様にお祈りしていました。

それは故郷を離れてからも変わらず、
親戚のものに変わって参詣してもらい、
お札などをもらっていたようです。

道真公は学問の神様ということで、
孫の学業がなるようにと、熱心に
お願いしていた……とは、自分が
大学も卒業したあとになって、
祖母からではなく、
叔母や姉たちから聞いて知りました。

祖母は、故郷を離れてから、
亡くなるまで、ほんの数回しか、
地元に帰らなかったよう。

それだけに余計、小さい時、よく訪れていた
氏神様である綱敷天満神社、宇賀神社には、
思い入れがあったのでしょう。

その二つへの信仰は、望郷の念が形を
変えたものだったのかもしれませんね。

〇菅原道真公の父・是善公はかつて伊予の国司として
伊予の国府があった今治・桜井に派遣されていた。
上のような話ができたのはそのためか?

〇地元の漁師と今治にある綱敷天満神社の現宮司の祖先
広川修善に助けられた道真公は、もてなしにとても感謝し、
船の舵に像を刻みます。
その上で自らを名乗られ、無事に帰洛(京都に帰ること)なら、
助けた証拠としてこれを持参し、訪ねてきなさい。
もしも配流地で亡くなったなら、この像を素波神(そばがみ)
と称し、祀りなさいと言われ、手渡されます
これが現在もお祀りされているとのこと。

また潮で濡れた衣と太鼓を浜辺の岩にかけて干されたのですが、
衣をかけた岩、太鼓をかけた岩をそれぞれ衣干岩、太鼓岩と呼んでいます。
毎年、神社では例祭が行われるのですが、御神輿は衣干岩の所に止めるそう。

〇今治から40キロほど離れた松山市の松山空港近くに
「履脱(くつぬぎ)天満宮」があります。
この社の由来は、次の通り。
今治で難破し漂着した道真公は、船旅での下向をあきらめ、
陸路を選びます。(四国から九州には最終的に船で渡らなければならないが)
その途中、疲れて休まれた時に、履を脱いで休まれたところが、
「履脱天満宮」の或る場所。
この場所が気に入った道真公はなんと3年もこの地に留まります。
このため、朝廷からはやく太宰府に向かうよう、勅使が使わされたといいます。

それを受け、道真公は、その近くの吉田浜から太宰府を船で目指しました。

《すべては菅原道真の難破から!?『今治・綱敷天満宮と松山・履脱天満宮』》
https://plat.navitime.co.jp/article/TBNarticle8588/

伊予をおさめた松山藩は久松松平家。
そのご先祖様は菅原道真公。

なお祖母の故郷・壬生川も松山藩領。
《久松松平家スポット》
http://www.oideya.gr.jp/spotguide/hisamatsu/

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