イギリス王室の王冠に飾られているダイヤモンド「コイヌール」をインドに返せ。

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相続とイギリス王室の王冠のダイヤモンド「コイヌール」

エリザベス女王の国葬が2022年9月19日に開かれようとしています。
世界のメディアでは、この国葬やエリザベス女王、さらにはイギリス王室について、
様々なことが報じられています。
個人的に気になったのは、下世話ながらエリザベス女王の相続財産、
そして、4つあるとされる王冠の一つに飾られている
ダイヤモンド「コイヌール」の返還問題です。

王室の資産は約4兆円、さらに女王の個人資産は720億円

王室の資産は約4兆円、さらに女王の個人資産は720億円になる
と推定されています。(フォーブス誌)
不動産で言えば、バッキンガム宮殿、コーンウォール公領、ケンジントン宮殿。
またロンドンの目抜き通りである、リージェント・ストリートの商業施設などです。
王室が保有している土地の総面積は、イングランドの土地の1.4%に
相当するとされています。
エリザベス女王の個人資産は、推定720億円。その内訳ですが、バルモラル城、
サンドリガム・ハウスなどの不動産。さらには競走馬・繁殖馬、宝石のコレクション、
切手コレクションなどがあります。
もちろん投資による利益も。また所有する競走馬が稼いだ賞金も多額に上るようです。

イギリスの“相続税”は40%。しかし王室は免除

イギリスでは、相続の場合、32万5000ポンドを超す部分に、40%が課税されます。
しかし、1993年にイギリス政府は、短期間に2人の君主が死去した場合、
王族の資産が激減することを避けるため、君主への相続税40%支払いを
免除することを決定し、これが引き継がれています。
このためチャールズ新国王は相続税の支払い義務はありません。
なお膨大な不動産ですが、信託財産として「クラウン・エステート」
という特殊法人が、管理・運営しています。
そこからの収益に関しては、一度、国に納められ、
「ソブリン・グラント」と呼ばれる助成金として、
25%が王室に交付される仕組みになっています。

なおバッキンガム宮殿やセントジェームズ宮殿、ウィンザー城なども
国に信託され、政府が維持運営しています。

以上は、相続税に関してですが、君主は、所得、さらに資産の売買差益についても、
納税の義務がないとされています。しかし、エリザベス女王は、1993年から、
自主的に納税してきたとのことです。 

王冠のダイヤモンド「コイヌール」とは。

ウエストミンスター寺院に安置された棺の上に飾られた王冠は、大英帝国王冠。
1937年にエリザベス女王の父、ジョージ6世のために製作された王冠です。
2868個のダイヤモンド、273粒のパール、17個のサファイア、11個のエメラルド、
そして5個のルビーが使われています。王冠前部のダイヤモンド、カリナンⅡは、
「セカンド・スター・オブ・アフリカ」と呼ばれる宝石で、世界最大317.4カラットの
大きさがあるといわれています。
2002年4月に行われたエリザベス女王の母エリザベス皇太后の葬儀の際、
棺の上に置かれていた英国王室王冠。
それに飾られているのがダイヤモンド「コイヌール」。
このダイヤモンドは、イギリスがインドを植民地支配していた頃、
1849年に東インド会社が譲り受け、105.6カラットにカットされ
ビクトリア女王に寄贈されました。
そのコイヌールを飾った王冠は、通常は、ロンドン塔で展示されています。
このコイヌールは、イギリス支配の象徴とされ、インド、パキスタンは、
「略奪されたものである」として返還を求めていますが、イギリス政府は、
譲り受けたものとして返還には消極的な姿勢を示しています。
「コイヌール」と名付けられた宝石は、ペルシャ語で「光の山」という意味。
南インド中央部の鉱山から産出されたとみられていますが、
場所、発掘時期は不明です。なおムガール帝国の創始者である「バーブル」が、
16世紀に記した回想録に、「コイヌール」とみられる宝石の記述があるようです。
これまでにもインドは何度も返還要求をしています。またパキスタン、
アフガニスタンの旧タリバン政権も返還を求めたことがあります。
宝石には様々な逸話が付随していることが多いですが、
この「コイヌール」も例外ではありません。
コイヌールは、男性が所有すると破滅するとの伝説です。
この不吉な言い伝えのためか、コイヌールは、チャールズ国王ではなく、
カミラ王妃のものになると言われているようです。

本「コ・イ・ヌール 美しきダイヤモンドの血塗られた歴史」

この「コイヌール」は、ムガール帝国の栄光を象徴する孔雀の玉座にはめ込まれていました。
その後、デリーを占領したペルシャの将軍ナーディル・シャーの腕章につけられます。
しかし、ナーディルは暗殺。腕章はアフガニスタンの皇帝のものとなったのです。
次の持ち主は、シーク教徒であるパンジャブの王ランジート・シング。
息子3人が王位につくのですが、次々と暗殺や事故が相次ぎます。
ランジートの死の10年後、王国は英国の東インド会社に接収されます。
こうしてコ・イ・ヌールは、10歳の少年王ドゥリーブ・シングから、
ヴィクトリア女王に献上されたのです。
ドゥリーブは、ヴィクトリア女王の庇護を受けロンドンに。女王は、元の大きさの
半分以下にカットされたコ・イ・ヌールを、ドゥリーブに見せます。
彼はそれを手に取り、落胆しながらも、女王の「忠実なる臣民」として、
このダイヤを女王に贈呈できるのは、「この上ない幸せです」と告げ、
女王の元に戻したのでした。

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