「食の記憶」。卵かけご飯の思い出。一個を妹と二人で。先に卵をかけさせていた姉の思惑とは?

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卵かけご飯。

今はほとんど食べなくなってしまったのですけれど、
聞くだけで懐かしい、ほんわりとした気分になります。

2015年5月27日、朝日新聞朝刊の連載「記憶の食」の
テーマは、「朝食の思い出」。

《(記憶の食)親の愛情、にじむ朝食
2015年5月27日05時00分》
http://www.asahi.com/articles/DA3S11775380.html

卵かけご飯についてのエピソードを寄せてくれた方が
多かったそう。
2つの思い出を取り上げています。

69歳の女性。
囲炉裏を囲んで、両親、兄、姉たちと食べる朝食は、
ごはんとみそ汁、おひたしがつく程度。
けれど2つ上のお姉さんのご飯の上には、
近所の農家が放し飼いでかった鶏の
赤玉の生卵がかけてあったそう。

その女性のご飯には一度も生卵はかけられていなかったと。

お姉さんだけに生卵がかかっていたのは、
お姉さんが生後まもなく、脊髄の難病を患ったから。
ご両親は、医療費を工面するため、田畑を切り売りしたとのこと。

その女性は、「せめて病弱の姉だけは、という親心」だと推察しています。

お姉さんは42歳で病死。
今、聞けるなら聞いてみたいことは、
「姉ちゃん、あのときの卵かけご飯、おいしかったですか」。

その女性が、大人になって、お母さんから、
「あんたは、一言も『卵を食べたい』と言ったことなかったねえ」
と言われたとき、子ども心にも、食べたいと言える雰囲気ではなかった
と思われたように、お姉さんも、自分の病気のために、自分だけ、
卵を食べ、治療費の負担をかけていると引け目に感じていたのではないでしょうか。

もし答えられたら、
「美味しかったよ。でも私だけごめんね」とは言っても、
本当は、味も感じないほどつらかったのかもしれませんね。

そしてもうお一人。
66歳の女性です。

6歳のときにお父さんが病死。
お母さん一人で、4人のきょうだいを育てたそう。

朝食の「おかず」は2歳年下の妹と二人で1個の生卵。
姉である自分が卵をかき混ぜ、
《いつも妹に「先に卵かけていいよ」とおわんを渡した》とか。

あなたは、このお姉さんをどう思われますか?
なんて優しいと思われますか。
この女性は、どんな思惑ああったのでしょうか。

《先に白身の多い部分が、おわんから出ることを知っていたからだ。
その後、黄身の多い部分を自分のご飯にかけて食べていた》。

そう、卵は白身が完全にほぐれるほど混ぜないと、
先に白身がどろっと出てしまうんですよね。

この女性は、そのことを、今ではかわいそうなことをしたと
反省していて、妹とは仲良しだけれど、
《「このことは話してい》ないとか。

記事にも書かれていますけれど、
養鶏が確率され大量の卵が生産できるようになった
昭和40年以前は、卵は高級品だったんですよね。

牛肉もそうでした。
ですから、すき焼きは、大変なご馳走。

けれど卵は1個と決められていたので、
無駄遣いしないように、よーく混ぜて、
肉をつけても、余分な溶き卵は落としてから、
食べるなんてことをしていました。

少し大きくなると卵が安く安く手に入るようになり、
その個数制限もなくなり、たっぷりと肉に卵を
つけて食べられるようになりました。

それはそれで美味しかったのですが、
惜しみ惜しみ、少しずつつけて食べていた
あのすき焼きは、今よりもっと美味しかった気もします。

 

 

 

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