「国がたった2500億円も出せなかったという不満はある」。森喜朗2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会会長。

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新国立競技場。
2015年7月17日、安倍総理が、建て替えにつき、
白紙撤回、ゼロベースから見直すと発表しました。

2019年秋に行われる予定の
ラグビーW杯の開幕戦、決勝は、
新国立競技場で開かれる予定でしたが、
別の会場で開かれることになりました。

この白紙撤回に関し、森喜朗・元総理、
2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会会長は、
これを受け入れたと報道されています。

そして問題となったデザイン案は、
生ガキみたいで、もともと嫌だった旨、発言されています。

実は、森元総理は、この新国立競技場の建設費が、
2500億円余りの見積もりとなった2013年10月に、
すでにそんなに高騰するのはおかしいと注文をつけ、
問題提起されていました。

(先日の有識者会議では、止むなしと了承されていますが)

今回の白紙撤回を受けて、森元総理がいろいろと
発言されている中で、個人的に考えさせられるところがあったのは、
次のものです。

「国がたった2500億円も出せなかったという不満はある」。

森さんたちは、新国立競技場が今後、50年、100年と、
レガシー(遺産)となるような建物であることを
願っていました。

そのために最高のものをと考えられ、
また世界的に公約したこともあり、
国の面子ということも重視されて
あの案を推進することになったのでしょう。

立派なものをたて、
それを国の威信とする。

そうしたことは、途上国のすること、
価値観という批判も反対派の中にはありました。

言われればそうかもしれません。

けれど、高度成長をはたし、GNP世界第2位、
経済大国となったかつての日本なら、
ふさわしい内容を持つ競技場なら、
1300億円が2500億円でも、負担を受け入れた
と思います。

それができなかったのは、もちろん事前の制約より
2倍以上になりそうというべらぼうな増加額のためもありますが、
それも踏まえて、受け入れるだけの経済的、精神的余裕が、
もう日本にはなくなってしまったということなのでしょう。

なんだか寂しい気がします。

かつてイギリスは、「寂れゆく」とか
「沈み逝く」帝国などと言われました。

世界に覇を唱えた大英帝国。
今も先進国の1つであることに
変わりはありませんが、
国際的な地位はどんどん低下していきました。

敗戦でどん底にまで落ち、
そこから経済的には世界第2位の地位まで
上り詰めた日本。

しかしイギリスのような「遺産」も残せず、
このまま地位を低下させてしまうのでしょうか。

上り調子の日本とともに成長しただけに、
日本の衰退は、自分の姿を見るようでもあり、
余計に寂しさを感じたことでした。

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