読み終えた新聞をビリビリ破って捨てる人の気持ち。大阪の電車の網棚。

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仕事柄、毎日新聞を大量に読んでいます。

読み終えた後の新聞。

家、会社にいるときは、
配達店がくれた紙袋などを利用しています。

外で読むときは、意外にやっかいです。

昔に比べて、ゴミ箱が少なくなっていて、
さらにリサイクルの関係で、ゴミ箱も分別で、
新聞・雑誌専用のそれに捨てなくては
いけないからです。

今日、出先で新聞を読み終え、
さあ捨てようと新聞の捨て場所を探しました。

時間はかかりましたが、見つけられてほっと一安心。
けれども、そのリサイクルケースを見て、
少し嫌な気分になりました。

そのケースは、新聞を二つ折りにした状態で
重ねて置くようになっていました。

そこに置かれた新聞が、びりびりに破かれて、
乱雑に捨てられてあったのです。

新聞の棚の下の段は雑誌用。
そこにも週刊誌が捨てられてあったのですけれど、
それもびりびりに破かれていました。

「それのどこが問題なの?」
と思われる方もいらっしゃるでしょう。

それはこういうことです。

ずいぶん以前になりますが、世田谷に仕事場があった時、
田園都市線を利用して、渋谷駅に通っていました。

9.11やサリン事件などのテロ事件が起こる前ですから、
ホームや改札、通路などにゴミ箱が数多くおかれていました。

渋谷駅で降りた乗客のうち、多くの人が読み終えた新聞・雑誌を、
そうしたゴミ箱に捨てるのですが、中に新聞・雑誌を大きく
破いてから捨てる人がいたんですね。

当初、この意味がわからなくて、同じく電車通勤をしていた
取引先の人に尋ねたことがあります。

その方は次のように答えてくれました。

「捨てた新聞・雑誌が再利用されないように。
再利用というのは、誰かが読んだり、
拾い屋さんが拾って、売られないようにということ」。

自分が読み終えたものを自分以外の人が読んでほしくない。
またそれを使って、儲けるのがいやだということのよう。

ちなみに、それが正しい名称かわからないのですが、
「拾い屋さん」というのは、そうして捨てられた雑誌類を集めて、
業者に売る人のこと。
買い取った業者は、その雑誌を駅前などで販売します。

最近は通勤で電車を利用しないので、現在の状況は
わからないのですけれど、以前は当日発売の雑誌を
100円で販売していました。

その話を聞いて、自分のものをどう処分するかは
その人の自由というか勝手だけれど、
次の人が読めないようにと破いてしまうというのは、
心が狭いのではないかと感じたものです。

これまたずいぶん前で今もそうなのかは
知らないのですけれど、こんな話を聞いたことがあります。
また実際、そうした現場を見たことも。

関西の私鉄。
電車の中で新聞を読み終えたら、
網棚の上に放置する。

その新聞は読みたいと思う人がとってもよい。

そうした暗黙の了解があるのだそう。

新聞の交換システム。

実際、祖母宅を訪れた時、出張した時など、
阪急、阪神、さらには京阪電車の中で、
朝の通勤時、そうした風景を見た覚えがあります。

この話を聞き、また見たとき、
大阪の人は心が広いというか、
人間の度量が大きいというか、
とても人間味があると強く感じました。

自分は読み終えたものですけれど、
もし読みたい人がいれば、お読みください。

そうした他の人への思いやり。
それがそうした習慣の奥にあると思ったのです。

もしかしたら今時は、
清掃の方々の負担になるので、
網棚に置きっぱなしにはしないで、
ゴミ箱に捨てるのが正しいのかもしれません。

けれど、この網棚の新聞交換は、
今でも続いて欲しいと思いますね。

〇死後に自分の遺体を医学に役立てる献体。
自分の体は預かり物。
預かったものを返した後は、それを最大限に利用してもらう。
そんなことを献体の意思表示をした人に伺ったことがあります。
大げさなようですが、網棚の新聞交換は、それに通じる
思想があるように私には思えます。

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