体が香りに染まるほど、食べていた松茸の思い出を語ってくれた祖母。

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先日、百貨店の食品売り場に行ったら、
国産松茸が木箱の中に納められ
売られていました。

一番高かったのは、
見間違いでなければ、8万円でした。

国産松茸をおなかいっぱいになるほど
食べたのは、数年前、長野の産地
でだったかもしれません。

自分が小学生の時だったか、
秋のこの時期、祖母のところを訪れました。

料理の一つが松茸のお吸い物。
薄く切った松茸が2つと、
魚のすり身が入った汁物です。

それを食べ終えた後、松茸の話に。

祖母は小さい時、体から
松茸のにおいが発するほど、
食べていたそう。

それはなぜか?

そもそも松茸は今のようにそんなに
高くなかった。
なので、安くてふんだんに食べられた。

そして、秋の季節に、何度か、
持ち山の松茸狩りに行って、
松茸を手に入れていたから。

祖母の実家、故郷は四国の海沿いの街。
海から10キロ弱、内陸に行ったところに、
薪、炭をとる松や木などが生えている
山を持っていたのだそう。

そこに秋になると、松茸やキノコを採りに
行っていたと言います。

家族や親戚、また近所の人たちと
連れだって、天気のよい秋の日に、
松茸、キノコを採りに行く。

子供でも簡単に見つかるくらい、
あちこちで松茸が生えていたそう。
というか、松茸が生えている場所は、
決まっていて、そこにいけば、苦労せずに
松茸を収穫することができたといいます。

とった後、山で枯葉、
枝を使ってたき火をして、
マツタケを焼く。

焼けたら、皿にとり、縦に裂いて、
少し醤油をかけてかぶりつく。

それが祖母にとって、
一番美味しい松茸の
食べ方だそう。

家に持ち帰り、数日は、焼いたり、
土瓶蒸しにしたり、炊き込みご飯にしたり。

それでも余るので、松茸の佃煮を
作ったりもしたそう。

今から考えるとすごい贅沢ですが、
それが当たり前だったんですね。

それから時代は下り、燃料事情が変わり、
薪炭を取らなくなってから、次第に山から
足が遠のき、手入れもしなくなったため、
春の筍、野草、秋の松茸などのキノコ類が
めっきりとれなくなってしまいました。

そうしたものは、人の手が入らないと、
出来なくなってしまうものなんだそう。

聞いた当時に、その山はどうなったのか、
気になって聞いたのですが、その時点より
ずいぶん前に、手放したそう。

それを知って心底、残念に思ったことでした。

上に書いた通り、松茸に食卓で出合うことは
少なくなりましたが、八百屋やスーパーなどで
目にすると、少女時代、松茸狩りに出かけた
思い出を嬉しそうに話してくれた祖母の笑顔を
思い出します。

本当なら、待つ阿竹の香りとともに
思い出したいのですけれどね。

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