「年賀はがき」ならぬ「年賀はだぎ」。大阪のメーカーが売り出し。「着衣始(きそはじめ)」。肌着を新調して就職する父を送り出した祖母の思い。

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まだ11月だとゆったり構えていたら、
今日はすでに11月17日。
もう月半ばを過ぎ、今年も残り1ヶ月半を切りました。

すでに新年の支度をしている
準備と段取りのよい方もいらっしゃることでしょう。

今年こそは不要なものを家から一掃したいと考え、
春頃から片づけをしているのですが、
少し前から意欲が衰え、現在もストップしたままです。
果たして年末までに不要物は家からなくなるのか?

そうした大掃除、片づけとは別に、
新年を迎えるために、
いろいろと新しいものを用意する
ということがありますね。

わが家では、肌着がそうでした。

毎年、大晦日になると、まっさらな下着が
用意され、夜、風呂に入った後、
それを着て、年を越すのです。

そんなことを思い出したのは、
朝日新聞で、次のような記事を読んだから。

《年賀はがき?いや年賀はだぎです 大阪の老舗が販売》
2016年11月16日16時14分
http://www.asahi.com/articles/ASJCG5JXLJCGPTIL02C.html

大阪府箕面市の「as CORPORATION」が、
http://www.ascorp.co.jp/
売り出した「年賀はだぎ」を紹介した記事です。
http://www.nengahadagi.jp/

この「年賀はだぎ」ですが、
《新年に新しいものを着る
「着衣始(きそはじめ)」にちなむ》
とのことです。

「着衣始」は、江戸時代に一般的だった風習のようです。

元日に限らず、正月三が日のうちの吉日を選んで、
初めて新しい着物を着る儀式を行いました。
そうした儀式は現在では行われなくなりましたが、
新しいものをおろすという風習は残り、
新年に着物などを初めて着る時にも
この言葉が使われています。

わが家でも、曾祖父より以前から
この風習が受け継がれていたようです。
(母方の親戚が、衣料問屋だった関係もある。
そこが営業をしていた時は、そこから安く
下着類を譲ってもらっていた)

父方も同じ。
父は特に新しい肌着には思い入れがあるよう。

父は、農家(小作農)の生まれで10人兄弟。
家にはほかに祖父の弟などもいて、全部で14人家族。

祖母は、家計をやりくりして、
新年を迎えるにあたって、
子どもはもちろん家族全員に新しい下着を、
各自一組、用意していたそう。

一つ一つはそんなに高価なものではないでしょうが、
14人ともなるとかなりな負担・出費です。

父は、毎年元旦に、新品独特の香りがする
下着を身につけるのが
楽しみだったと言います。

また父は学校を卒業した後、
故郷を離れた会社に就職することになりました。

祖母は、息子の旅立ちにあたり、
背広一式を新調したいと思ったのですが、
財政的に厳しく、結局、下着・靴下類だけしか
用意できなかったそう。

父は風呂敷に包んだ下着と小さな革鞄をもって、
故郷の駅を、祖父母に見送られ旅立ちました。

その日のことは、深く記憶に残っており、
妻や子どもに、これまで何度も聞かせています。

駅を出てしばらくした後、
汽車(四国の予讃線。電化前)の中で、
そっと風呂敷包みをほどき、中に入っていた
真っ白な肌着を触ったそう。

そしたら、手にほんのりと温かみを感じたといいます。

その下着の柔らかい肌ざわりと温かみで、
新しい土地への不安が薄らぎ、
逆にやる気がみなぎってきたといいます。

けれど苦しい家計の中、肌着をもたせてくれた
父母の子を思う気持ちを感じ、目には涙がにじんだとも。

将来、子どもが出来たら、その子にも、
新年や何かの区切りの時には、
せめて新しい肌着をもたせてやろう
と決意したのだとか。

確かに、新年はもちろんですが、
なにか大事な行事があるときは、
必ず前日の夜、枕元に新品の下着類が
置かれてありましたね。

親に肌着を一度も贈ったことはないのですが、
(一緒に買いに行ったことはある)
今年は、この「年賀はだぎ」でもプレゼント
してみようかな。

来年と言わず、今年は申年。
この申年に赤い下着を贈られると、
健康・長寿になるらしい。

「申年に贈られた肌着を身に着けると下の世話にならない」
「赤い肌着を贈る、または贈られた肌着は病が去る」
なんて言い伝えから、多くの下着メーカーなどが、
赤い下着をプロモーションしている。
(「申年縁起肌着」「赤肌着」)

 

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