「清水の舞台から飛び降りる」。これまで飛び降りた人は234人。「清水寺 成就院日記」発刊。

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「清水の舞台から飛び降りる」
という言い回しがあります。

成功しないのはもともとと考え、
思い切って大きな決断を下すたとえとして使われます。

「清水」は、「きよみず」で京都の清水寺のこと。
実際に、清水の舞台から「飛び落ち」ていたひとたちがいました。
それは、主に願いをかなえる願掛けだったとか。

そうした飛び落ちについて記された塔頭・成就院に伝わる
「清水寺 成就院日記」の翻刻版第1巻が、刊行されました。

元禄7年(1694)から文久4年(1864)までの170年間に
わたって日記はつづられていて、
全部で220冊にもなるんだそう。

当時の京都の町内の出来事がこまなく、詳しく記されていて、
当時の暮らしぶり、人々の価値観などを知ることができる
貴重な資料。

その中に、飛び降りも37件ほど書かれていて、それによれば、
飛び降りした人は、全部で234人にのぼるとか。

第1巻には元禄7年(1694)から宝永2年(1705)までの11年分が
収録収録されていて、今後、さらに、残りの日記も刊行予定。
全部で、20巻ほどになるとのことです。

 

清水寺、
2015年4月17日。
《【お知らせ】2015年4月17日 『清水寺成就院日記』刊行》
http://www.kiyomizudera.or.jp/news/2015/04/2015417.html

〇飛び降りは、観音様への願掛け
江戸時代に234人、死亡者は34人で、生存率はおよそ85%。
昔は木がたくさんは得ていて、下の地面も柔らかかったから、
生存率が高かったのではと推察されている。

〇高さは、地上からおよそ12メートルで、ビルだと4楷の高さにあたる。

〇成就院は、財務、対外交渉を担当した塔頭(たっちゅう)。
その日記は、1990年代、清水寺の蔵の床下から発見された。

〇なぜ飛び降り?
清水寺の観音様に、命を預け飛び降りれば、
願いがかなうとの民間信仰ゆえ。

〇現在の舞台は徳川家光が寄進し1633年に完成。
以後、飛び降りが盛んに。
1872年・明治5年、京都府が禁止令を出した。

関連エントリー
《トクダス》
《「清水の舞台から飛び降りる」の本当の意味。
実際に飛び降りた人は? 歌舞伎「清玄桜姫」。》
http://nikitoki.blog.so-net.ne.jp/2008-12-06-1

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