友達が勤めている会社が
もうずいぶん前から、
フリーアドレス(フリーデスク)になっています。
社員が固定した机をもたない方式。
資料、ファイルなどは、
部課で共有のロッカーに収納。
個人の書類ロッカーはなし。
当初は、部課長の定席となっていたのですが、
その後、すべてフリーアドレスになったそう。
このため、毎日のように、
また時には午前と午後で座る場所が違う
なんてことになっているよう。
友達は、今は違和感はずいぶん減ったものの、
それでも落ち着かないと話しています。
わかる気がします。
2017年5月24日、毎日新聞夕刊、
日本能率協会総合研究所客員研究員の
岩村暢子さんの連載
《家族に見るみんなの知らない日本人》。
《“座„が消えて薄まる存在感》との見出しがついています。
家族、特にお父さんが
家の中で座る場所、食事をする場所についての記事です。
冒頭に出てくる例は、3人の子どもがいる
5人家族なのに、椅子が4脚しかない家庭。
その理由は、ふだん全員揃って食事をすることがないから。
食事中にお父さんが帰ってきた場合は?
立って食べるか、小さい椅子を出して、
そこに座って食べるかなんだとか。
さらにテレビを見えない席にいつも
お父さんが座ることになっている家庭も
少なくないとか。
記事では、昔は家の中に上座・下座があり、
お父さんがいないからといって上座に座ると、
注意されたが、現在はそうした意識は
ほとんどないと書かれています。
昔の映画「家族ゲーム」のように細長いテーブルに
横一列に並んで座ってテレビに向かって食事する
家もあるとも。
岩村さんは、冷蔵庫の中身など、
様々な調査をされている方ですが、
食卓のどこに誰が座っているかも
調べてこられました。
最近は、「ゆるく決まっているけど、
その時によって変わる」家庭が多くなった
とか。
その理由は、やはり食事を一緒に取らず、
バラバラにとる機会が増えてきたから。
さらに遅く帰宅したお父さんが、食卓ではなく、
テレビの前の座卓や居間のソファに移動して、
1人で食べる姿は、見慣れた光景になっているだろう
とも書かれています。
こうして家族のそれぞれが、
自分の好きなところに座って食事をしている
という実態を書かれているのですが、
厳密に言えば、お父さんだけが例外。
補助椅子に座ったり、別の場所、
時間に食べているのは、たいていお父さん。
自分の希望、主張が叶っているのは
子供たちと指摘しています。
岩村さんは、これをオフィスのフリーデスク制にも
似ているが、オフィスのそれは、社内コミュニケーションの
活性化や作業効率の向上など別の目標もあったが、
食卓のフリーデスク化にはそれはないと。
昔、新潟県の山中の小さな村を訪れたことがあります。
家に入ると、大きな囲炉裏のある部屋がありました。
そこにあがって、奥に座ろうとすると、
家の方から、「お客さんはあちら」と言われ、
席を移動させられたことがあります。
いろりの奥の正面は横座とよばれ、
一家の主人が座る席なんですね。
横座に向かって右が嬶座(かかざ)。
そこには主婦が座り、さらに嬶座の向いが
客座で、そこに客が座るんですね。
さらに細かく言うと、
主人の右隣は長男。左隣は舅。
嬶座(かかざ)の右隣は姑。
次男以降の子どもたちは、
土間に一番近い、横座と囲炉裏を
はさんで反対側に座ります。
この座り位置はまさに家族の中の
位置関係、地位を示していました。
戦後、日本は、民主主義国家になり、
男女平等になりましたが、家の中の
こうした序列、位置関係は
ずっと残っていた訳です。
岩村さんの調査に見るように、
現在、それは家の中からも
確実に消えていっているようです。
居場所のないお父さん。
なんだかわびしいなー。
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