「孟宗の親孝行」。「雪中の筍」。敬老の日に思い出す祖母が語ってくれた話。

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敬老の日の祝日。
あなたはどう過ごされましたか。

母は以前、敬老の日が
9月15日だった時は、
誕生日と2日続き。

2003年から9月の第三月曜日に
なってからは、敬老の日と誕生日が
近づいたり、離れたり。

いずれにしても2つが近いので、
どちらにもお祝い、プレゼントを
もらうのを恐縮がっています。

今日はうなぎか寿司が食べたいというので、
どちらの店もあるデパートに出かけました。

うなぎは注文してから45分もかかる
というので、すぐに買い求められる
寿司にしました。

喜んでくれたようです。

大学時代の友人の一人は横浜出身。
そのお母さんの好物は崎陽軒のしゅうまい
というか、一緒に入っている筍煮なんだそう。

この筍煮だけを今は単独で販売していますが、
http://kiyoken-restaurant.com/piatto_menu/2392/
その前はなかったので、以前はお母さんを喜ばせるため
シウマイ弁当をいくつも買っていたそう。

先日、ニュースで、9月23日24日の限定で、
《「ドリーミング筍シウマイ弁当」
「忍法唐揚げの術シウマイ弁当」2日間限定販売》
というのを報じていました
http://www.kiyoken.com/campaign/17tondemo_shiumaibento/index.html

それを知って友達はもしかしてこのお弁当を
お母さんのために買いに行くのだろうなと
思い出しました。

そしてもう一つ頭に浮かんだのが、
自分が小さい頃、祖母から聞いた
「雪中の筍」の話です。

あなたはご存じでしょうか?

現在、日本には広く孟宗竹が
植わっています。

もともと中国から曹洞宗の開祖
道元禅師が中国から帰国される際に
竹の実を持ち帰り、故郷である現在の
京都府の乙訓(おとくに)に植えた
ところから広がったのだそう。

持ち帰った竹の種類は「孟宗竹(もうそうちく)。

この名前は、三国時代の呉の国の
孟宗という人物に由来します。

孟宗は小さい頃に父親を亡くし、
母に育てられます。

母は、学問を修めさせようと学問所に
送り出すのですが、その際、通常よりも
厚い敷布団と大きな掛け布団を作って
持たせたと言います。

理由を尋ねられた母親は、
自分の息子には人を引きつける徳はなし。
けれど、この布団を持って行けば、
それを求めて人がより、同じ床で寝たりして、
志を同じくする人と仲良くできるかもしれない
と答えたそうです。

孟宗はそんな母の思いやりに応え、
学問に励み、役人となります。

はじめは低い地位で雨漏りするような家に住み、
嘆いたこともありましたが、やがてその才能を
認められ、養魚池の監督官となります。

孟宗は自ら魚をとり、漬け物にして
母に送ったそう。しかし母は、
魚を管理する役目の者がそうしたことをすれば、
疑いを招くとして、すべて送り返したといいます。

高齢になって病に伏せった母が、
好物の筍を食べたいと願いました。

しかし季節は冬。

孟宗は竹林に向かったものの、
筍は見当たるはずもありません。

天に向かい祈り涙し慨嘆していたところ、
雪がとけ、辺り一面、筍が生えてきたのです。

孟宗はそれを持ち帰り、筍の汁物を
母に食べさせたところ、病が癒え、
天寿を全うすることができたのでした。

これを知った人々は、孟宗の孝行が
天に通じた故と語り合い、この竹を
孟宗竹と呼ぶようになったと言われています。

「孟宗の親孝行」「雪中の筍」と呼ばれる話。

歴史上の親孝行な24人の話を集めた中国の
「二十四孝(にじゅうしこう)」に出ています。

自分は祖母からこの話を教えられたのですが、
竹にすがって「筍が欲しい」とおいおいと泣く
孟宗が頭の中にまるで映画やテレビドラマのように
映像としてはっきりと浮かんだのを覚えています。

祖母は小さい頃からそうした話を語るのが
うまかったのですが、この話もその能力が
遺憾なく発揮されたのでした。

〇日本に伝わり芸能化
「本朝廿四孝ほんちょうにじゅうしこう」(歌舞伎)
「二十四孝」 (落語)

 

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