終戦の日の「すいとん」。さつまいも、じゃがいも、カボチャは食べない叔父さんたち。

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2015年8月15日、70年目の終戦の日です。

この日になると思い出す食べ物があります。
以前、別の所に書いたこともあるのですけれど、
「すいとん」です。

ご存じでしょうか?

小麦粉を水で練り、団子状にして、
野菜などの入った汁に入れて食べる料理です。

室町時代からある古い料理だそう。
全国各地で郷土料理としても食べられています。
けれど、年配の方の記憶では、
この料理は、戦時中の代用食。

戦時中、米が不足していたため、
米に代わる食べ物として、
小麦粉で作る「すいとん」が食べられたのそう。

しかし小麦粉も不足してきて、大豆粉、コウリャン、
トウモロコシなどの粉も使われたとか。

戦後、この戦時中の不便な生活を偲ぼうと、
終戦の日にすいとんを作って食べよう
という「運動」がありました。
(小学校の夏休みの登校日に食べたという知人も)

今でも行われているところも多いようです。

もうずいぶん前になりますが、
大阪の祖母宅で、「すいとん」が
出たことがあります。

作ったのは祖母ではなく姉だったと思います。
祖母の姉も健在だったかもしれません。

その「すいとん」を食べた2人は、
「美味しすぎる」と不満を述べていました。

戦時中に使っていた小麦粉は、
上に書いたように、様々な混ぜ物がしてあって、
増量されており、黒くてぼそぼそしていたそう。

野菜も不足していて、河原、土手などで摘んだ
野草を入れたりもしていたとか。

また煮干しも大きな鍋に1匹ほどしか入れられず、
ほとんど出汁が出てておらず、さらに醤油も不足していたので、
味が薄く、余計、まずく感じたようです。

父、母の世代は、ちょうど戦時中が
子供の頃で、育ち盛り、食べ盛り。

やはり食べ物の不足が一番、こたえたよう。
いつもお腹がすいていた気がするとも。

父の実家は農家だったので、
まだ食糧事情は良かったようですが、
米のかわりにサツマイモ、じゃがいも、
カボチャなどを食べさせられ、嫌になったと。

お盆の頃、祖母宅に行ったとき、
何人かの叔父さんたちと食事を
共にしました。

ご飯はもちろん、出されたものは、
とにかく何でも残さない叔父さんたちが、
食卓の上に並んだカボチャの煮物には、
一切、手をつけないのが印象的でした。

「一生分どころか、来世の分も食べたから」
と言い訳していました。

「昔と違い、品種改良して、味も良くなっている」
と説得しても、いっこうに箸は伸びませんでした。

小さい頃の記憶、それも舌の記憶は、
よほど強烈に身体に刻み込まれているんでしょうね。

戦争体験を引き継ぐ。
よく言われる言葉ですけれど、
食べ物一つとってもその体験は、
なかなか実感できません。

暴論ですが、1日ほど食事を抜いて、
「飢え」を作り出して、乏しい材料で
作った料理を食べてみる
といった位のことをやらないと、
体感出来ないのかもしれませんね。

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