東日本大震災で被災した歌手・クミコさん。心を溶かした場所と言葉は。

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「広い川の岸辺」がロングヒットしている歌手のクミコさん。
東北の被災地でのコンサートなどの活動に力を入れています。
それはなぜなのか?

理由は、クミコさんもあの東日本大震災を被災したから。
3月11日、クミコさんは、宮城県石巻市の市民会館で、
コンサートを開くためにいたのです。

コンサート前に被災したクミコさんは、
高台に逃れ、無事でしたが、多くの衣装、機材を失いました。
避難先から、山形空港まで車で到達し、東京に帰り着いたのは、
3月13日の夜だったそうです。

そんなクミコさんが、被災した後、精神的にまいっていた時に、
その心をとかした場所と言葉について書いた記事が
2015年4月14日の朝日新聞の夕刊に掲載されています。

《(京ものがたり)クミコ、だるま寺の救い 被災地思い、希望へ漕ぎ出す歌を》

2011年4月に雑誌の対談のために訪れた
京都市上京区にある法輪寺。
だるま寺と呼ばれています。

対談相手は文筆家の白洲信哉さん。

クミコさんは、東京に帰ったものの、
《「でも一緒に避難した人たちを被災地に残してきてしまった」。
後ろめたさに、さいなまれた。外に出るのがつらく、
涙があふれて歌えなくなったときもあった。》
そうです。

ご自身が、「心が固まってい」て、
「笑うという感情すら失ってい」でした。

クミコさんの心をほぐしたのは、
《だるま寺に奉納された8千体のだるま》

《どこか不自由さを感じている自分に似ているような
気がした》とのこと。

そして、白洲さんが、次のように語りかけたとのこと。

《「頑張るとは我を張ること。頑張らなくていいんです」》。

クミコさんは、それから、
《「たとえ困難が目の前にあっても、希望となる曲を歌い続けたい。
私が震災から生き残ったことは何か意味がある」と考え、
「広い河の岸辺」に巡り会いました。

クミコさんの願いは、《いつか、ゆっくりだるま寺を訪ね》ること。
なぜならそこは、
《絶望の淵からかすかな希望を見つけて一歩を踏み出した場所》だから。

「頑張る」の語源の有力説が、「我を張る」であると、
以前聞いて知っていました。
「我を張る」とは、自分を押し通すこと。

年配の方に言わせれば、「頑張る」はよい意味の言葉ではなく、
どちらかというと、悪い意味で使われていました。
それがいつの間にか、良い意味で使われるように
なったんですね。

頑張りすぎているアナタ。
少し我を緩めた方がいいかもしれません。

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《人生やり残しリスト》
「広い河の岸辺(The water is Wide)」がヒット中。「おはよう日本」、「マッサン」、「花子とアン」に登場。

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