「花は咲いているけれど、見る人の心のありようで、見えたり見えなかったりする」。いつも通る店の藤の花に気付かなかった自分。

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先日、母と近所を歩いていたら、
母が「もう藤が咲いている」と言いました。

藤にはまだはやいと思い、
「どこに?」とちょっと
疑いながら問い返したら、
「和菓子屋さんの前」。

店の入り口左側に、
藤の鉢植えがあり、
3本の房に見事な花が咲いていました。

もう咲いているということよりも
驚いたのは、毎日通っているこのお店に、
藤の鉢植えがあったこと。

気付いてなかったんですね。

さらにしばらく歩いていたら、
別の場所にもやはり藤の鉢植えが。
そちらももう立派に咲いていました。

母はもともと花が好きなので、
買い物や散歩の時に、あそこは、
もう咲いたかな、あっちは、
まだ早いかななどと考えながら、
まるで友達に会うのと同じように、
花を楽しみにしているそう。

母に限らず、年配の人は、街中にある
植物についてよく知っていますね。

あるとき、やはり花や植物について
詳しい年上の人と、花について、
話した際に、こんなことを語ってくれました。

「花でもなんでもおなじだけれど、
花はそこにあるんです。気付くか気付かないか、
それは見る側の心のあり方が決めるんですよ」

仕事に追われ、人間関係に苦しんで、
余裕がないとき、満開の桜の前を通っても、
目には入っても、心にははいってこない。

関心、余裕がなければ、
そこにある花、木は意識されない。

服に関心がある人は、洋服店の
ディスプレイに飾られている服に気付く。
だが関心が無い人は、気付かない。

そうしたことと同じなのかもしれません。

すべてのことに気付かなくてもいいけれど、
街中に咲く花には気づき、愛でたいものだと
強く感じました。

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亀の知恵

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